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大雄山最乗寺(2016.10)

現地指導(関東)

紅葉には少し早いのですが南足柄市にある大雄山最乗寺へ行ってきました。

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大雄山線の一日乗車券で小田原から大雄山へ移動してバスに乗り換えて最乗寺へと向かいました。こういった一日乗車券は往復運賃よりも少し高い金額で設定されることが多いのですが、大雄山線の小田原と大雄山の往復運賃と同額なので珍しいですね。なお、大雄山駅と最乗寺のバスは別に普通運賃が必要になります。

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 前日までの雨が残っていたため苔生した石段や石碑は本当に綺麗でした。来年の紫陽花か紅葉シーズンに再訪したいと思います。

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富国徴兵保険相互会社は現在の富国生命相互会社です。その社史によると1936年(S11)12月28日に献納したようで、どういった経緯によるものかは不明です。なお同年の9月には成田山新勝寺にも同様の献納をしているようです

徴兵保険はドイツで始まった保険商品で、日本では明治維新後の徴兵制において普及した保険商品です。最初の徴兵制は家を継ぐ者や代人料を納めた者などは免除されていました。また、当時の日本陸軍は予算が乏しく、教育、食費、衣服は自己負担とせざるを得ない状況でしたが、当時は就職口が少なかったため農家の次男以下の就職口として人気があったため、その費用を捻出するために人気を評した保険商品でした。

徴兵保険とは子供の誕生時に加入し、徴兵に甲種合格した時に約定金額を受取ることができます。また、本人の死亡時にも保険金が支払われるため、両親の老後の費用としても活用されました。1927年に兵役法が成立したことにより志願制度は廃止されたため徴兵保険会社は一般的な生命保険会社へと移り変わりました。日本における徴兵の歴史は概ね下記の通りです。1933年の日中戦争以降において段階的に徴兵基準が厳しくなります。

  • 1872年:全国徴兵に関する詔
  • 1873年:太政官布告による徴兵令
  • 1927年:兵役法
  • 1943年:学徒出陣
  • 1944年:兵役法施行規則改正(17才〜45才)
  • 1945年:国民勤労動員令
  • 1945年11月17日:兵役法廃止→徴兵の法的根拠が失われる

今日の自衛隊においては一切の徴兵が行われていないことは周知のことかとは思いますが、そもそも徴兵できない法的根拠について簡単に紹介します。憲法9条、憲法18条それぞれを根拠とする二説がありますが、憲法18条(その意に反する苦役に服させられない)であると説が通説であり政府見解となっています。

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奥の院への最後の石段は圧巻で216段あるそうです。下りは階段ではなく裏側にある坂道をくだります。なお身延山久遠寺の石段(287段)もオススメです。

復路は山道を下るだけですので大雄山駅まで徒歩でも良いと思います(約30分)。